労災発生状況確定値(厚生労働省発表)によると、2017年の建設業の労災による休業4日以上の死傷者数と死亡者数は、過去最小だった2016年を上回り増加に転じました。2016年に294人だった死亡者数は323人と増加しています。また、この死亡者数は全産業の中で最多の33.0%を占めています。特に、労働者扱いとならない「一人親方など(中小事業主や役員、家族従業者を含む)」の死亡者数は103人で、前年の47人から倍増しています。この点について厚生労働省は「建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する基本的な計画」において「特段の対応が必要」とコメントしています。

 

不安全行動が起こるきっかけは多岐にわたりますが、その根源的な原因は労働者が抱える精神的な不安定さになります。慢心や油断、私生活における不満や不安など、安定しないメンタルは仕事にも影響を及ぼすことになります。

 

建設現場でのメンタルヘルス対策の必要性

働き方の多様化が進む現場では、複数の事業者が混在しています。そして、ここでの事業者はストレスチェック制度義務化の対象ではない従業員数50名以下の中小規模建設事業者である場合も少なくありません。この現状を踏まえると、建設業では事業場単位の対策だけではなく、現場での取組が必要です。

 

2017年に「建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する法律」(建設職人基本法)が施工され、これに基づき「建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する基本的な計画」が策定されています。この第2-5には以下の記載があります。

 

(2) 建設業者等や建設工事従事者が安全及び健康に関して高い意識を持ち、建設工事の現場の安全を高めるための自主的な取組を促進する必要がある。(中略)各建設工事の現場において、建設工事従事者のメンタルヘルス対策や熱中症対策等、心身の健康を確保するための自主的な取組を促進するとともに、建設工事従事者が利活用できる健康相談窓口について、現場レベルでの周知と活用促進を図る。

 

ここには建設現場での意識向上が不可欠であるという国の認識が示されています。またこういった点を受けて、建設業労働災害防止協会(建災防)は「(現場での)取組は法的に事業者に求められるものにとどまらず、建設現場での自主的な取組も併せて進めることによって、精神面からの不安全行動の防止等、真に実効性のある労災ゼロ活動へと進化させ、広く建設業に従事する人々にとって、安全・安心で快適な職場環境の形成に寄与したい」としています。

 

つまり、安全の問題に関しては、法律で定められているから行うのではなく、現場がより身近で現実的な問題として捉え、積極的に意識していくことが大切なのです。

 

対策はハード面とソフト面の両面から実施

メンタルヘルス対策としては、大きくはハード対策とソフト対策の2つの面が考えられます。ハード面は設備や工法等での安全対策です。これは災害を最小限に留める手段ともいえます。足場先行工法や手すり先行工法、土止め先行工法など、できることをしっかり行います。また、作業環境が整理整頓できていない、レイアウトが悪い、といった点や、使いにくい治工具類ややりにくい作業条件や無理な姿勢での作業といった、ストレスがかかる環境になっていないか、という点に関しても配慮が必要です。

 

ソフト対策としては、労働者の精神面や肉体面の把握が中心となります。この把握の方法に関して建設業労働災害防止協会(建災防)では、「建災防方式健康KY(危険予知)」と「無記名ストレスチェック」を用いた方法を開発しています。参考になるので、以下にそれぞれの手順を示します。作業点検の際には「健康KY」(2〜3分)を毎日実施し、「無記名ストレスチェック」(5〜10分)は工期内に複数回実施します。

 

「建災防方式健康KY」(2〜3分)の手順

  1. 作業前に実施する現地KYにおいて、職長から各作業員に対し「よく眠れたか」「おいしく(ご飯を)食べたか」「体調はよいか」といった3つ程度の問いかけをします。このときの労働者の姿勢や表情等を観察し、健康状態を把握します。
  2. 作業員の体調に心配な点が見当たる場合、作業所長等へ報告します。
  3. 報告を受けた作業所長等は、直ちに相談機関等へ連絡した方がよいとの判断でない場合「睡眠スコア」を実施します。
  4. 「睡眠スコア」実施の結果、総点数が3点以上の場合は当該作業員が所属する事業場へ連絡、もしくは相談機関等を紹介します。「睡眠スコア」の総点数が3点未満の場合は様子を見ます。

 

睡眠スコアの質問項目および評価法

  1. 寝つくまでに、30分以上かかることが時々ある。
  2. 毎日のように、寝つきが悪い。
  3. 夜中に目が覚めることがあるが、再び寝つける。
  4. 夜中に目が覚め、寝床を離れることが多い。
  5. 普段より早朝に目が覚めるが、もう一度寝る。
  6. 普段より早めに目が覚め、そのまま起きていることが多い。

<評価法>

あてはまる項目に関して1,3,5は各1点、2,4,6は各2点で加算(「なし」は0点)したのち、総点が0~2点は問題なし。

3点以上の場合はさらに、不眠の原因やストレス状況、体調と気分の不調について面接する必要あり。

 

「建災防方式無記名ストレスチェック」(5〜10分)の手順

  1. 無記名ストレスチェック実施体制の整備

「無記名ストレスチェック」の実施責任者を選任し、現場での実施体制を整備します。

 

  1. 無記名ストレスチェックの実施

無記名ストレスチェックの当日、安全朝礼で現場所長等が無記名ストレスチェックの趣旨及び実施方法を説明し、元請社員及び作業員等に調査票(下記リンク)を配布、回答してもらいます。回答・回収で5~10分程度です。回収後、無記名ストレスチェック実施者に回答済み調査票を送付します。

職業性ストレス簡易検査票(簡易版23項目)

 

  1. 集団分析

実施者は、建設現場用の集計分析ツール(建災防版無記名ストレスチェック実施プログラム)で集団分析を行い、当該現場のストレスの特徴を表すストレス判定図及びストレス反応指数を作成します。

参考:https://www.kensaibou.or.jp/safe_tech/mental_health/tool.html

 

  1. 職場環境改善活動

集団分析結果などから、職場環境改善の具体的な取組みを選定します。ここで用いるシートは、ストレス判定図によって測定される4つのストレス要因(仕事の量的負担、仕事のコントロール、上司及び同僚の支援)に関連する30のチェック項目でリスク評価を行うものです。得点の高いチェック項目の優先度に従って改善策(リスク低減措置)を決定します。

 

不安全行動やヒューマンエラーを防ぐには

不安全行動やヒューマンエラーに対して「注力が足りない」や「たるんでいる」と本人の責任にすると問題は把握できません。人は必ず「思い込みの正しさ」を持っているので、自己責任では無理があるのです。たとえば、「Bを起動」と思い込んで待っている作業員は、「Dを起動」と言われたとしても、「Bを起動」と聞こえます。つまり、ひとは物事を自分に都合よく解釈するようにできています。このことをまず認識した上で、複数人で確認し合いながら状況を把握する必要があります。

 

このためには必ず、本人が意識を促す5分から10分程度の「安全」に意識を向ける打ち合わせを行うと同時に、管理者が労働者の判断力を確認するためのメンタルヘルスの状況を適切に行うことが大切です。確かに「管理する」となると、労働者は「自分には信頼がないのか」と感じるかもしれません。しかし「どんな人間であっても人間である以上、確認が必要なのだ」ということをしっかりと伝え、その必要性を理解し合うべきです。

 

安全対策でよく話にでる「ハインリッヒの法則」では、一つの重大な労働災害の背景に29件の軽微な事故があり、さらにその背後には300件のヒヤリハットがあるとしています。 つまり、ちょっとした日常の危険性を放置することが最も大きなリスクであることは忘れてはなりません。

 

まとめ

建設業における労災は2016年までの減少傾向が、2017年は再び増加に転じた今、労災ゼロを目指すためにはメンタルケアの部分での対策が欠かせません。労災は「ついうっかり」で起こります。この「ついうっかり」の元には作業員のメンタルヘルスに問題があるということがわかっています。事業所単位で対策をとることはもちろんですが、現場でのメンタルヘルス対策が最重要であることは間違いありません。この方法として「建災防方式健康KY(危険予知)」と「無記名ストレスチェック」を用いた方法を紹介しました。どちらもしっかりと行うことで、低コストで大きな効果を期待できます。現場が最後の砦だという意識をもって取り組むことで、自ずと効果は生まれてくるのではないでしょうか。

 

<参考URL>

厚生労働省 「建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する基本的な計画」が策定されました

建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する基本的な計画

建設工事従事者の安全及び健康の確保に関する基本的な計画

建設業労働災害防止協会(建災防) 建設業における労働災害発生状況

建設業労働災害防止協会(建災防) 建設業におけるメンタルヘルス対策

建設業労働災害防止協会(建災防)  建災防方式健康KYと無記名ストレスチェック