建設現場における労働災害の死傷者数は依然として発生しており、現場を管理する上で安全上における改善が日増しに求められています。 現場での様々な取組や一人ひとりの安全意識についての対策は必須ですが、取組や対策を行うには意識改革や現場における工夫だけではなく、当然ですがそれにはお金も必要となります。その対策を行うための費用にあたるのが「安全衛生経費」です。

 

安全衛生経費は労働災害を防止する上で重要なものですが、今までなんとなくで見過ごされてきたいくつかの問題点が存在しています。今回はそんな安全衛生経費について解説したいと思います。

 

安全衛生経費ってなに?

建設工事の労働災害防止対策や安全衛生を確保するための安全衛生経費は、具体的には安全靴などの保護具類の調達、足場や手すりなどの仮設費、安全に関する教育訓練費や健康診断などの衛生対策費用にも含まれます。そして、この「安全衛生経費の確保」が不充分であり、充分な設備投資や体制確保が行えていないことが労働災害の一因となっている、ということが厚生労働省と国土交通省、建設業労働災害防止協会などのデータから指摘されています。

 

現在、安全衛生経費の確保については官民一体となった検討が進められています。建設産業振興センターは「安全衛生経費確保のためのガイドブック」(厚生労働省委託)を発表しその周知をすすめ、国土交通省では2018年度に安全衛生経費がどのように、どれだけ確保されているのかの、実態調査を行うこととなりました。

 

このように現在では、労働災害は安全衛生経費が不充分である事が一因であることが当たり前のことと考えられています。しかし、その確保は充分になされていません。では、なぜ確保できない状況が生まれてしまうのでしょうか。

 

安全衛生経費の問題点と重要性

これまで安全衛生経費の問題が曖昧なまま、うやむやになっていた最大のポイントは、誰が費用を負担するのか、どれだけ費用を確保するのかについて明確化されていなかったという点です。

 

労働安全衛生法においては、「元請負人及び下請負人に労働災害防止対策」が義務付けられており、この対策に必要とされる経費は「元請負人」が負担することが義務付けられています。労働災害防止対策に要する経費は「通常必要と認められる原価」に含まれるため、建設工事の請負契約はこの経費を含めた形で締結される必要があります。

 

そしてこれまで、公共事業における安全衛生経費は、単独での積算がされておらず「直接工事費」「共通仮設費」に含まれていたため、受注額が低下すると安全衛生経費の低下に直結する状態となっていました。

 

民間工事では、前述のように本来は元請業者が労働災害防止対策の経費を負担することになっているのですが、安全衛生経費の計上方法などが不明確であり、経費負担の解釈すらも定まっていないような状態となっていました。これでは安全衛生経費の確保は難しくなってしまいます。具体的には、下請業者が過剰な経費負担を強いられてしまい、安全衛生経費を十分に確保する事ができないという事態が引き起こされてしまうということです。このような状態で設備や体制が不足した現場環境が作られてしまうと、そこで労働災害が引き起こされてしまうことは誰もが想像できます。

 

上記のような状況を正すため、公共事業においては安全衛生経費を工事価格とは別枠で計上する事となり、国土交通省は「請負契約における労働災害防止対策の実施者及びその経費の負担者等の明確化等」について「建設業法令遵守ガイドライン」を改訂し、明確化の手順などを示しています。さらには、建設工事の安全衛生経費の実態把握と、明確な積算を行ったうえで下請負人まで確実に安全衛生経費が支払われるための制度検討が進められ、「建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律」 が2017年3月16日に施行されています。

 

どうやって安全衛生経費を確保していくのか、その決め方と注意点

では、実際に安全衛生経費を明確化して確保していくためにはどのような手順を踏めばいいのでしょう。ここでは国土交通省が示しているガイドラインの内容をご紹介します。

 

労働災害防止対策の実施者及びその経費の負担者の明確化の流れ

1.元請負人による見積条件の提示

元請負人は、見積条件の提示の際、労働災害防止対策の実施者及びその経費の負担者の区分を明確化し、下請負人が自ら実施する労働災害防止対策を把握でき、かつ、その経費を適正に見積もることができるようにしなければならない。

 

2.下請負人による労働災害防止対策に要する経費の明示

下請負人は、元請負人から提示された見積条件をもとに、自らが負担することとなる労働災害防止対策に要する経費を適正に見積ったうえ、元請負人に提出する見積書に明示すべきである。

 

3.契約交渉

元請負人は、「労働災害防止対策」の重要性に関する意識を共有し、下請負人から提出された労働災害防止対策に要する経費」が明示された見積書を尊重しつつ、建設業法第18条を踏まえ、対等な立場で契約交渉をしなければならない。

 

4.契約書面における明確化

元請負人と下請負人は、契約締結の書面化に際して、契約書面の施工条件等に、労働災害防止対策の実施者及びその経費の負担者の区分を明確化するとともに、下請負人が負担しなければならない労働災害防止対策に要する経費は、施工上必要な経費と切り離し難いものを除き、契約書面の内訳書などに明示することが必要である。

 

5.請負代金の支払時における適切な対応

請負代金の支払いに際して、あらかじめ見積条件や契約書面に、下請負人の負担であることを明示していないにも関わらず、元請負人が、下請負人と合意することなく、一方的に提供・貸与した安全衛生保護具等の費用を差し引くことがないようにする必要がある。

 

平成26年10月国土交通省土地建設産業局建設業課『建設業法令遵守ガイドラインの改訂について』より

 

また、同資料ではこのような安全衛生経費を明確化していく手順において、以下のような対応は不適切なものとされています。これらは建設業法に違反するおそれがありますので注意が必要です。

 

⇒建設業法第20条第3項に違反

元請負人が、あらかじめ見積条件において、下請負人の負担であることを明示していないにもかかわらず、一方的に提供・貸与したヘルメットなどの労働災害防止対策の費用を下請代金の支払時に差し引く行為は、建設業法第20条3項に違反する。

 

⇒建設業法第19条第に違反

元請負人が、あらかじめ契約書面において、下請負人の負担であることを明示していないにもかかわらず、一方的に提供・貸与したヘルメットなどの労働災害防止対策の費用を下請代金の支払時に差し引く行為は、建設業法第19条に違反する。

 

⇒建設業法第19条の3に違反するおそれ

元請負人が、労働災害防止対策に要する費用を差し引くなどにより、その結果「通常必要と認められる原価」に満たない金額となる場合には、当該元請下請間の取引依存度等によっては、建設業法第19条の3の不当に低い請負代金の禁止に違反するおそれがある。

 

上記のような不当な行為は、地方整備局等に設置されている「駆け込みホットライン」や「建設業取引適正化センター」に相談が寄せられているものです。こうした行為は、建設業法に違反又は違反するおそれがあるため、請負代金の支払いに際して、留意する必要があります。当たり前の事ではありますが、 公正な請負契約が出来るよう注意をしていきましょう。

 

まとめ

これまで他の経費とごちゃまぜになっていた安全衛生経費ですが、今後は公共事業のみならず民間事業においても必要な経費として完全に切り離して考えていく必要があるでしょう。安全衛生経費の明確化、そして、その枠組づくりを行っていくためには業界全体での取組が必要になってくるでしょう。

国土交通省による安全衛生経費の支払い実態調査が行われた上で、さらなる対策をどうしていくべきか。法規制が必要なのかを含めて、これから明らかになってくる実態には、引き続き注視していく必要がありそうです。

 

また不安全行動防止に向けた、さまざまな取り組みについて知りたい方は『【労災対策】机上の理論は危険を招く!? 安全の為やるべき本当の対策』『不安全行動防止にも効果アリ!? 現場でのメンタルヘルス対策』『現場の安全「ヒヤリ・ハット」報告を習慣に! 意識づけで事故を防ぐ』をご覧になってください。

 

現場の安全「ヒヤリ・ハット」報告を習慣に! 意識づけで事故を防ぐ

【労災対策】机上の理論は危険を招く!? 安全の為やるべき本当の対策

不安全行動防止にも効果アリ!? 現場でのメンタルヘルス対策

<参考URL>

建設産業振興センター 安全衛生経費確保のためのガイドブック

国土交通省 建設業法令遵守ガイドラインの改訂について

ケンセツプラス『安全衛生経費が低すぎる!?『安全に注意しろ』だけでは変わらない!』