働き方改革の一つとして労働時間の見直しが進み、「フレックスタイム制」を導入する会社がとても増加した時期がありました。フレックスタイム制、ニーズの多様化に対応した労働制度として積極的に導入されていました。ところが、近年では導入したフレックスタイム制度を廃止する会社も出てきました。

フレックスタイム制は、運用の仕方を誤ると長時間労働や割増賃金の未払いといったデメリットを生んでしまう制度という事がわかってきました。長時間労働調査の際に、多数の労働基準関係法令違反の事業場が発見されており、フレックスタイム制を導入している事業場においては割増賃金支払いが適切に行われていなかった事などが報道されています。

ただ、フレックスタイム制もデメリットばかりではありません。今回はフレックスタイム制のメリットやデメリットについて考えてみましょう。

 

フレックスタイム制ってなに?

「フレックス(flex)」という言葉は、直訳すると「曲げる」という意味です。これだけだと意味を捉えにくいですが、「フレキシブル(flexible)」=「柔軟性がある」といった意味で捉えと想像しやすいですね。つまり、フレックスタイム制とは「労働時間に柔軟性をもたせる制度」といった意味の言葉になります。

 

フレックスタイム制とは、1か月以内の一定期間(清算期間)における総労働時間をあらかじめ定めておき、労働者はその枠内で各日の始業及び終業の時刻を自主的に決定し働く制度です。労働者が生活と業務のバランスを自分で考える必要はありますが、うまく使うことができれば効率的に働くことが出来る制度です。効率化によって労働時間を短縮し、人件費の節約にも寄与する事が可能と考えられています。

 

フレックスタイム制は、1日の労働時間帯を「必ず勤務すべき時間帯(コアタイム)」と「その時間帯の中であればいつ出社または退社してもよい時間帯(フレキシブルタイム)」とに分け、出社・退社の時刻を労働者の決定に委ねるものです。なお、コアタイムは必ず設けなければならないものではありません。ですので、全ての時間をフレキシブルタイムとすることもできます(スーパーフレックスタイム制)。これとは逆に、コアタイムがほとんどでフレキシブルタイムが極端に短い場合などは、基本的に始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねたことにはならず、フレックスタイム制とはみなされませんので注意が必要です。

厚生労働省のホームページには下記のような記述があります。

労働者の価値観やライフスタイルの多様化に対応して働き方に関するニーズが多様化し、より柔軟で自律的な働き方への志向が強まっています。このような状況の下で、一律的な時間管理がなじまない状況が徐々に拡大しつつあると考えられ、特にホワイトカラー層を中心として、より自律的かつ効率的な働き方に応じた労働時間管理を進めていく必要があります。厚生労働省「効率的な働き方に向けて フレックスタイム制の導入」より

上記のような内容からも、働き方改革の一環としてフレックスタイム制を推進し、多様化したニーズに対応することが厚生労働省の方針のようです。

 

「フレックスタイム制度」これまでの実施状況は?

フレックスタイム制度は、1988年4月から労働基準法の改正によって導入された、変形労働時間制の一種です。30年近い歴史があることになります。内閣府男女共同参画局が発表している「フレックスタイム制を導入している企業の割合の推移」についての図表を見てみると、1000人規模の大企業においては平成8年頃(1996年)頃に最も多く導入され、40%近い企業が導入ましたが、その後の導入割合はゆるやかに減少しています。全体で見るとピークは平成17年(2005年)の6.8%ですが、平成27年(2015年)には4.3%まで減少しています。また、100人未満の中小企業での導入数は常に全体の割合を下回っており、事業規模が小さいほど導入されていない傾向にあると言えるでしょう。

出典:内閣府「男女共同参画白書 平成28年版」

 

業種別では情報通信業、電気・ガス・熱供給・水道業での導入実績が多いようです。単独または少人数で現場作業を行っている業種では、出勤・退勤時間がまばらとなるケースも多く、比較的フレックスタイム制のメリットを享受しやすい為かと思われます。逆に、建設業、鉱業、採石業、砂利採取業、宿泊業、飲食サービス業での導入は少ないようです。人数が必要なチームワーク業務、時間が決まっているサービス業にはあまり向いていない制度なのかもしれません。

 

フレックスタイム制度は生産性を本当に上げられるのか?

フレックスタイム制度の導入企業が減少している事の背景には、下記のような問題点が様々な場面で顕在化している事があります。

 

フレックスタイム制度の課題

  • 社員が揃わない、コミュニケーションの低下

フレックスタイム制を導入すると社員が揃う時間がとても短い為、会議などの日時調整も困難になります。チームワークや連動性が必要となる職場ではあまり適していないかもしれません。

また、様々なコミュニケーションツールが普及して便利になっているとはいえ、顔を合わせてチームワークで動くことによるメリットは多いものです。社員同士の信頼関係の醸成の観点からも、フレックスタイム制が邪魔になってしまう事が考えられます。チームワークが必要な業務は多いもので、連携不足による効率低下、情報の伝達ミスなどが発生してしまう可能性もあります。

  • 緊急の取り次ぎが困難に

働く時間帯がバラバラの状況はマネジメントに支障をきたす可能性が高いと言えるでしょう。取引先から急ぎの連絡を受けた場合に、担当者の出社時間がフレックスである為に出勤していなかったり、などの状況が考えられます。

  • 集計が煩雑に

人事部においては、社員の出社時間も退社時間も異なる為に日々の労働時間を集計する事務作業が煩雑になってしまう事も。ある企業では、フレックスタイム制の導入によって人事部の残業が大幅に増えてしまった、という本末転倒な話もあったそうです。

  • 自己管理が苦手な人の存在

出退勤管理を自己管理する事が苦手なタイプの人もやはり一定数いるもので、こういった人にフレックスタイム制度を適用すると出退勤管理がルーズになりやすいこともデメリットです。

 

上記のように、チームワークの低下、顧客満足度の低下、効率の悪化などの原因となってしまうと、フレックスタイム制のネガティブな部分ばかりが目についてしまいます。

もちろん、フレックスタイム制には下記のようなメリットもあります。

 

フレックスタイム制度の有用性

  • ワークライフバランスの向上

ワークライフバランスを取るためにフレックスタイム制は有用です。朝のフレキシブルタイムを有効に使ってオフピーク通勤をする事もできますし、朝起きるのが苦手な人もコアタイムまでに出勤すれば遅刻にはならない為、ストレスの軽減になりますね。朝に強い人は早起きして出社し、夕方早い時間に退勤する事で、家族との時間を増やす事も可能です。

  • 残業時間の圧縮

フレックスタイム制では、労働時間は日々タイムカードなどで把握して計算する必要があります。労働時間の計算は1日単位でなく、清算期間(1ヶ月単位)で行うことができます。1日8時間、1週40時間を超えて労働してもすぐには残業とならず、給与締め日の際に1ヶ月の労働時間を合計し、1ヶ月の所定労働時間の合計を超えた部分が残業時間となるということです。仕事が多い日は長く働き、仕事がない日は素早く退勤する事によって無駄を省き、残業時間・残業代を圧縮する効果が期待できます。

  • 人材が集まりやすい

出勤・退勤時刻を自分で決められる職場は、求職者にとって魅力的です。多くの会社が定時出勤・退勤を採用しているので、フレックスタイムは他社との差別化になり、人材が集まりやすくなる効果も見込めます。子供の送り迎えが必要な家庭の求職者にとっては、フレックスタイム制度を採用している事はとても魅力的に映る事でしょう。

 

フレックスタイム制度にはデメリットとメリットがあり、デメリットは主にコミュニケーションの不足や管理上の問題であるようです。逆に言えば、コミュニケーションが不足とらない環境づくりができて、管理上の問題を克服することができれば、フレックスタイム制度のメリットを十分活かす事も可能であるということです。

コミュニケーションや管理上の問題に対する対抗策が、フレックスタイム制を導入する上では必須であると言えます。用意できないのであれば、無理にフレックスタイム制を導入する事は避けたほうが良いでしょう。

まとめ

フレックスタイム制は、上手く使えば生産性を維持したまま従業員の満足度を両立させる事ができる制度ですが、運用を誤るとデメリットばかりが表面化してしまう事がわかりました。安易に導入する事は避け、デメリットに対する対策が十分にできるのであれば導入を検討してみるのもいいかもしれません。

 

<参考URL>

労働新聞 2018.10.03「フレックスタイム制の運用失敗で残業代不払いも 長時間労働が疑われる企業への監督結果 長野労働局・29年度」

厚生労働省「効率的な働き方に向けて フレックスタイム制の導入」

内閣府「男女共同参画白書 平成28年版」

ダイヤモンド・オンライン「フレックスタイム制が好評なのに廃止へ向かう理由」

ニューズウィーク日本版 『「働きやすい制度」が生産性を下げてしまう理由』