夏場の熱中症対策や作業効率の向上に大きく寄与する製品として広く知られている「空調服」。そんな画期的な製品を開発した株式会社空調服の市ヶ谷弘司氏が考える「本当の快適さ」とは何なのか。話を伺ってきました。

【Profile】

市ヶ谷弘司/1947年生まれ。1991年にソニーを早期退職後、同年9月に株式会社 セフト研究所設立。ブラウン管測定器の販売で赴いた東南アジアで「生理クーラー理論」を着想、この理論を応用した『空調服』を開発し、製造。この製造した『空調服』を販売するため、2004年に株式会社ピーシーツービー(現株式会社 空調服)を設立。著書に『社会を変えるアイデアの見つけ方』(クロスメディア・パブリッシング)がある。/株式会社空調服・代表取締役会長 株式会社セフト研究所・代表取締役社長

市ヶ谷弘司『社会を変えるアイデアの見つけ方』/クロスメディア・パブリッシング

 

 

 

 

 

空調服は「汗をかくための身体補助器具」である

もともとはソニーで働いていましたので、退社してから立ち上げた会社も当初はブラウン管の画質測定器を開発、販売する会社でした。

「空調服」の発想を得たのは、会社立上後少しした1993年頃でタイやマレーシアの日系の工場にブラウン管の測定器を売り込みに行ったときのことです。日本は、バブルがはじけ不景気の真っ只中でしたが、東南アジアではビルの建設ラッシュ。これらのビルには当然クーラーが必要になるわけですが、それを見て「これは、いよいよ地球温暖化が加速するなぁ」と漠然と思っていました。

この思いは、東南アジアの現地の工場を見たときも同じでした。空調もしっかりしていない工場内で汗をびっしょりかきながら作業する現地の作業員の姿を見ていると、今後彼らがますます豊かになってエアコンを使いだせば、エネルギー問題も環境問題も加速するのは間違いないと感じました。その工場の光景のなかにエネルギーや環境問題を解決するヒントがあったことに気がついたのは、それから数年後のことでした。

ポイントは「汗」です。人はなぜ汗をかくのか。それは快適な体温を維持するためです。そして、その汗はうちわで扇げば気化し涼しくなります。それが「空調服」の開発につながっていきました。

「空調服」の開発をすすめる中で、出た汗を全て気化させれば身体の表面から熱を奪ってくれるので涼しく感じることがわかってきました。つまり気化熱ですね。しかし、一般的に暑さなどから出た大量の汗がすべて気化するなんてことはありません。なぜならば、出た汗のすべてを蒸発させるためには、身体の体表面に平行な空気、風が送られることが必要なのですが、人間にはそういった機能が備わっていないからです。

であれば、この人間の足りない機能を補うために、身体の体表面に風を流す機能を服に取り付けたものを作ろう。これが「空調服」のコンセプトです。言い換えるならば、「空調服」は汗を蒸発させるための身体補助器具ということでもあるのです。

現在の形になる以前は、水冷式の空調服も存在したと話す市ヶ谷氏。フィールドテストで電車に乗った際は、チューブが刺さった服の見た目のインパクトから皆に好奇の目で見られたのだとか。

空調服が生み出す経費削減効果「3360(サンサンロクマル)効果」とは?

「空調服」の効果は、直接的な視点で見れば「着ている人を涼しくする」ということになりますが、より広い視点で見てみると効果はそれだけにとどまりません。

たとえば、暑い場所で汗だくで働いていると体力は消耗します。これを放置し 、これを改善せずにその状態が長く続くと、これ以上気化されない無駄な汗をあまり出さないようにと、脳が指令を出し、汗がかきにくくなります。その結果、発汗とその気化がないため体温が上がりすぎて強い疲労を感じ、涼しいところで休憩を多く取らなければならない。つまり、暑さが作業効率を下げるということになるのですね。

「空調服」を着ると、かいた汗はほとんど気化されるので、汗が出にくくなるということがありません。これによって、真夏でも暑苦しさや体力の消耗を回避する事ができるので、作業効率が落ちないのです。

これにより得られる経済経費削減効果を、私は「3360(サンサンロクマル)効果」と呼んでいます。たとえば、1人雇用するのに人件費が月50万円かかるとしましょう。「空調服」の導入により、夏の4カ月間に仕事の能率が毎月10%向上した場合、3年間で60万円の経費が削減できることになります。「空調服」自体への3年間にかかる投資は、着替え服などを含めると、3年間にかかる投資はせいぜい3万円程度です。3万円の投資で、3年間に60万円経費削減効果があるので、3360(サンサンロクマル)効果というわけですね。

作業着のみならず、プライベートシーンでの利用も増えてきたという「空調服」。利用シーンの多様化に応じて、色味やデザインもバリエーション豊かになった。また、海外でも認知は広がっているという

環境配慮ができていなければ真の「快適さ」は実現できない

低コストであり低エネルギーで得られる「快適さ」とは、「真の快適さ」といっていいでしょう。

当初、私が東南アジアで漠然と思ったのも、より多くのエネルギーが消費される中で起こるであろう環境に対する影響への懸念でした。その点で「空調服」は、その効果と同程度の環境をつくるために使われるクーラー等の機器と比較したとき、発生する排熱量やCO2排出量が大幅に削減することができました。このように、真の「快適さ」は、地球環境を考慮して追及し、実現されるべきです。

 

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実は、私は以前から銭湯で湯船から溢れ出るお湯やエアコン室外機の熱のような、無駄になっているエネルギーをどうにかできないかと考えていました。それは、無駄なエネルギーというのはもったいないのはもちろんですが、ヒートアイランド現象のような環境への影響を及ぼすことにもなるからです。

現在の地球ではエネルギーの争奪がある一方で、エネルギーが無駄に消費されています。ある意味では、快適さを求めることで、別の不快適さを生み出している状況にあるのではないでしょうか。自らが快適であろうとして、誰かが快適でなくなってしまう状況は、根本的な快適さを実現しているとはいえないと思います。確かに目の前の課題を改善することは大切ですが、そこで生まれた新たな問題は、巡り巡って最後には自分自身に返ってくるように思います。

そういった意味では、「空調服」は無駄を極限まで省いた製品だと思います。今後は無駄を無駄でなくするような製品がより求められていくでしょうし、現場でもそういった取り組みが求められるようになるのかもしれません。

インタビューを終えて

インタビューの最後に、ズバリ「快適な現場とは?」と訊ねると、「疲労してビタミン剤を飲むのではなく、ビタミン剤を飲まなくても疲労しない環境でなければなりません。作業中に疲労すると、集中力の低下による事故や人間関係の悪化、能率の低下など、さまざまなマイナス要素になりますからね。ですが、そんな環境を実現するために、別の環境を悪化させるようなことがあっては意味がないので、どうすればいいのかこれからも考えていきたいですね」と話してくれた市ヶ谷氏。ここでは紹介できませんでしたが、エネルギーの有効活用の他にも、自らが考えた沢山の発明、開発アイデアを話してくれました。その奇抜な発想に驚かされながらも、そのひらめきの源泉には環境問題に対する深い認識と懸念があることに感銘を受けました。

 

(構成 テルイコウスケ)