快適な現場は、働く人たちが健康でなければ始まらない。そして健康であるためには、日々の食事と栄養管理は欠かせない。管理栄養士として日々患者さんに指導し、KITCHENCRUISER代表として栄養レッスンを行い、そして一児の母として家族の健康を考える、食事と健康のスペシャリスト大野倫子(おおの・しなこ)さんにその真髄を訊く。

 

【Profile】

大野倫子(おおの・しなこ)/管理栄養士、KITCHENCRUISER代表。東京農業大学農学部卒業。患者さんの栄養評価、栄養指導という日務の傍ら、休日には栄養レッスン会を開催するなど「病気にならない栄養・管理」についての知識を広めるべく活動している。

 

体を壊したら美味しいご飯は食べられない

――― 快適な現場においては、働く人の健康管理や食事というものが重要だと思いますが、その管理には難しさもあると思います。まずはその難しさについて教えていただけますか。

 

現場で人が働く以上、その人の食事や栄養管理は大切なものです。その一方で「食事」というものは個人の好みもありますし、好きなものを食べることが仕事のモチベーションに関わる場合もあるでしょう。食事は、ある意味では生きることそのもの、原点ともなるような行為でもあります。だから、しっかりした食事というものが人や立場によって違うのが色々な問題の原因となっています。

たとえば、モチベーションの部分であれば好きな物が食べられることによって保たれることもあるでしょう。それが食べられなかったり、禁止されるようなことになればモチベーションが下がってしまう原因にもなります。その一方で、健康の部分から考えれば、適切な栄養バランスでの食事が大切です。

 

――― 栄養バランスはもちろん大事だけど、ストレスにならないような食生活にしていくことも大事ということですか?

 

そうですね。私の専門は健康の部分ですので、偏った食事がいいとは言いません。偏った食事から、生活習慣病になって、身体を壊して、結果的に好きなものが食べられなくなる。そうならないためにも、栄養バランスのとれた食事をしましょうというのが基本的な意見です。

ですが、食事制限をしている患者さんが「どうしても甘いものが我慢できない」という場合には、どうすれば続けられるかを考えて、「たまにはいいよ」なんて言うこともあります。ただこの「たまには」という言葉がクセモノで、人によって基準が違うんですよね。毎日、甘いものばかり食べていた人だったら、その人にとっては2、3日おきならば「たまには」になってしまう。こちらは、せいぜい月に1、2回くらいならって思っているのに(笑)。

ただ、少しずつでもいいので、新しい習慣に変えていくことが重要な部分でもあるので、難しいところではあると思います。ただ一ついえるのは、身体を壊す前に栄養バランスを考えた食事をとらなければ手遅れになりかねないということです。

栄養バランスを考えた食事がストレスになってしまうこともあり、食生活の改善は簡単ではないと話す

栄養管理についての意識付けに取り組むべき理由

――― なんで、現代の日本人はこんなにも栄養バランスを考えた食事をとるのが難しいのでしょうか。

 

それは、とにかく社会的な意識、そして知識が深まっていないからだと思います。だから、誰が管理するべき問題なのか、どう管理していけばいい問題なのかといった部分ですら定まったものがないのが現状ではないでしょうか。

たとえば、私は病院に勤めていますが、平日の病院の待合室にはたくさんの会社員の方がいらっしゃっています。それを見ていると「この人たちは、こんな時間にここにいていいのかな? 平気なのかな?」とふと思います。会社にとっても損失でしょうし、本人にとっても損失でしょうし、社会にとってもそうでしょう。平日に病院に来ている、健康管理ができていないということで、どれだけ損害がでているのかとも思ったりしますね。このような状況をもし本気で根本的に解決したいならば、やはり栄養についての意識付けをもう少し社会全体で取り組む必要があると思います。

そのためには会社でも栄養知識の周知に対する取り組みが必要でしょうし、外食産業をはじめとした社会的な取り組みも必要でしょう。そして家庭でもやれることをしっかりやっていかないといけませんし、もちろん本人もですね。みんなが身体を壊さないための食事に対して努力しなければ変えられない、みんなが意識を持って取り組んで行かなければならない問題だと思います。

たとえば、この意識の低さは教育の現場を見てもわかります。栄養について学ぶ機会というのは、義務教育でも小学校6年間で数時間、中学校3年間では小学校より少ない時間しか栄養について学ぶ時間がありません。そして高校生以降になると教わる機会もなくなってしまう場合がほとんどです。

 

――― たしかに学校で習った記憶ってほとんどありませんね。

 

子どもの頃は栄養なんて気にしませんからね。体育の授業でも適度に運動もしますし、給食や家庭で栄養バランスをしっかり考えてもらえる場合が比較的多いでしょう。あと高校や大学時代も若いですから、そこまで体調が悪くなったりはしませんので気にならないので意識することもないという人も多いのではないでしょうか。

 

――― それで、社会に出てお金を稼げるようになると、好きなものばっかり食べたりしたして……。

 

そうなんですね。栄養に関する正しい知識がないまま好きなものばかり食べると、栄養は偏ってしまいがちですよね。若い患者さんに話を聞くと、「毎日カップラーメンだった」とか「ファーストフードばかり食べてた」なんて話をよく聞きます。これは自己管理するための知識が不足しているからでもあると思いますし、それが当たり前の環境で働いているからでもあると思います。

偏った食事にどんな問題があるか、まずは周知することが大事

食習慣を変える働き方改革を!

たとえば、会社員の人に話を聞いたりすると、昼食は15分しか時間がないとか、職場の雰囲気として夜ご飯を食べにいけないだとかありますよね。特に夜ご飯の時間が遅すぎるのは気になります。

 

――― やっぱり遅い時間はよくないですか?

 

寝る時間などの生活習慣によって一概にはいえませんが、20時以降の食事はあまりいい習慣とはいえないですね。年齢とともに蓄積も多くなりますし、代謝や運動量が下がってくることを考えるとよくない習慣だと思います。「遅い時間にご飯を食べる習慣を変えたいよね」というのは、栄養指導をやっている栄養士ならば誰でも思っていることです。

ただ、いろいろな状況が重なってなかなか早い時間に食べるというのが難しいようです。たとえば最近は共働きも増えていますし、ご飯をどちらが作るにせよ帰宅してから作ることになります。さらに家族で一緒に食べるとなれば、帰宅が遅い方に合わせざるを得ません。こうして遅い時間に食べるのが習慣になってしまう。

また、会社で残業などがあればそうもいかないというのもわかります。残業を推奨しているような企業は少なくなってますが、それでも仕事が自己責任であれば終わらなければやるしかない。そのしわ寄せが食事習慣にはそれこそモロに出ているように思えますね。多分、お昼ご飯がファーストフードや丼もの、麺類中心などになってしまっている人も、そういった会社の仕組みの中でのしわ寄せがきているのではないのかなと思います。

 

――― つまり会社の働き方に合わせていると食事に弊害がでてしまうことが多いということでしょうか?

 

栄養や食事に対しての意識が低い会社であれば、その働き方のスタイルもそうなっていくのは自然なことのように思います。だから、働く人の健康管理をしっかりしたいのならば、まず会社が学んでスタイルを作り上げ、そこから社員教育していかなければならないのだと思います。理想は管理栄養士がメニューを考えた社員食堂で提供して、昼はもちろん場合によっては夜もバランスのとれた食事を適切な時間にできるようにすることでしょうが、それが難しければ夜ご飯だけでもちゃんと食べられるようにはするべきでしょう。

今、働き方改革がどうこうという話をいろいろなところで耳にしますが、私たち管理栄養士の立場からみれば、食習慣を適切なものに変えられる仕事のスタイルを考えていくことがなにより大切だと思います。

 

――― そうなると残業するくらいなら、朝早く出社したほうがいい?

 

そりゃできるならそうですよ! もちろん早寝早起きできるならですけど、一旦体を休めたほうが能率もいいですし、外食も減って食事もバランスよくいい時間に食べられますから。それで、とにかく18時には家に帰って自宅で食事をしながらクールダウンしていく。それができるような風潮だったり、仕組みだったりを作っていくべきだと思います。

それに、「お昼は15分しか食べる時間がない。夜は21時過ぎてしまう」といったことが許されている現場が快適だとも思えません。ゆっくりご飯を食べながら団欒できるというのは、「快適さ」という意味でもとても大事なことだと私は思います。

 

(取材/構成 テルイコウスケ)