ここ数年夏場のニュースで熱中症の話題を聞かない年はありません。熱中症をゼロにするためにはなにが必要なのか、また何に気を付ければよいのでしょうか。「熱中症ゼロへ」プロジェクトを行っている日本気象協会・曽根美幸さんにお話を伺いました。

 

[PROFILE]

曽根美幸(そね・みゆき)/一般財団法人日本気象協会事業本部、メディア・コンシューマ事業部、コンシューマ事業課、「熱中症ゼロへ」プロジェクトリーダー。熱中症予防指導員(建設業等)

 

プロジェクトの活動内容と熱中症の現状

ーーまずはプロジェクト発足の経緯についておしえてください。どのような経緯ではじめられたのでしょうか。

 

プロジェクト名の通り、熱中症で亡くなる方をゼロにするということを目的に発足されました。温暖化の影響で夏が暑くなってきているなかで、日本気象協会としても気象情報として発信していたのですが、情報を受けたひとたちへより具体的な対策を伝えることによって熱中症で亡くなる方をゼロにしたいという思いから発足に至りました。

厚生労働省や消防庁などの発表で、それまでの搬送者数の動向などは出ていたのですが、もう少し踏み込んで情報や対策を私どももお伝えできるのではと考えたのがきっかけです。

 

ーー熱中症の現状と課題はどのようなものでしょうか。

 

熱中症という言葉は2013年のプロジェクト発足当初より、私どもの活動だけでなくいろいろなところで言われるようになり、みなさんの生活に浸透してきているように思います。ただ、熱中症での搬送者数はその年の気象条件に大きく影響しており、夏が暑くなれば熱中症になる方も多い、というのが現状です。例えば各地で猛暑だった2018年では、熱中症についての意識調査で”知っている、詳しく知っている”と答えた方は97%以上だったのに対し、搬送者数は前年の1.8倍でした。みなさん熱中症を知ってはいても、自分がいる環境が熱中症の危険があるかという危機意識や正しい対策をするというアクションまでが不十分であると考えます。

 

ーーこれまで具体的にどのような活動を行われてきたのでしょうか。また今後の予定などもお聞かせください。

 

当初から行っているものとしてはオフィシャルパートナーや協力自治体、団体とともに予防啓発のリーフレットやうちわ、ポスターなどの配布をしています。またさまざまなアプローチで予防啓発を行っており、例えば観光地にて訪日外国人向けに和傘の貸し出しを行い、直射日光を遮るとどれくらい涼しいか体感していただき予防を促しています。さらに甲子園でも2015年からスポーツ用のリーフレットを配布したり、ビジョンで動画を流したりしています。スポーツを行う選手ももちろんですが、観戦する方への啓発も行っています。ビールを飲んでいるので大丈夫とおっしゃる方もいますが、アルコールは利尿作用で水分不足になってしまうので水分補給に気を付けていただきたく思っています。

また2019年には、全国の小中高校に応募を募り100校へ熱中症計のプレゼントキャンペーンを行いました。カラーコーンに挿して使用するもので、授業や部活動で活用していただけたらと思っています。さらにペットの熱中症対策リーフレットを作成し、全国の動物病院やペットショップへ配布を開始しました。

熱中症予防PRのイベントも毎年好評をいただき今年で7回目となり、風鈴にお絵描きするなど様々なアクションを通し熱中症対策を促していきたいと思っています。

様々な活動を通し熱中症をより知っていただこうとアプローチしたいと語る曽根さん

 

知って、気づいて、アクション

-- 過去と比べ、人々の熱中症への意識はどう変わったか。プロジェクト立ち上げ以降の実感をお聞かせください。

 

2013年からプロジェクトを開始した当初はメディアでも取り上げられることもあまりなく、熱射病や日射病という名前も使われていました。熱中症という名称自体は2000年から医学的に使用開始されていたのですが、徐々に一般に浸透して現在はニュースなどでも取り上げられるようになり、大分知名度が上がったように思います。

 

-- 一方で十分でないと思う点は?

 

先ほどもお話ししましたが、やはり自分自身への対策、他人事ではなく「自分ごと」にしてもらうという点です。「どういう症状がでるの?」「これは熱中症かな?」など、年齢や気象条件、体調に合わせて熱中症を意識してもらうことが大事です。熱中症は誰でもなる可能性があるんだということを周知することが大切だと思っています。

 

-- 「自分ごと」にしてもらうために、今後どのような取り組みをおこなっていきたいとお考えですか。

 

様々な切り口でアピールし、楽しみながら熱中症対策を行ってもらえるようにしたいと考えています。例えば、かき氷で塩分水分補給の活動など、堅い気持ちで熱中症対策というのではなく、柔らかいところからアプローチしていきたいと思っています。また文字が大きめで瓦版風の高齢者向けリーフレットや塗り絵になっている子ども向けリーフレットなどを作成するなど、それぞれの年代に合わせより分かりやすい情報提供を心がけています。どういった方にどういった情報が必要なのか考えながら啓発活動をしていけたらと思っています。

子ども、ペット、高齢者向けなど、様々なリーフレットを作成している

 

-- 自分で気づくためには危機と判断するための情報が必要かと思います。これまで教育、設備、ルール作りなどにどのような変化があったのでしょうか。

 

きちんとした数字で把握はできていませんが、肌感覚として部活の休憩や水筒を持ってくるなど、教育現場でも水分補給の大事さが浸透しているように感じます。

熱中症への対策というのは、前年の夏や直近の気候がどうだったかに大きく影響しています。2018年は暑かったので危機感が高まり行動力が上がったと考えられますが、反面あまり気温が上がらない予報などでは行動が落ちる可能性があります。去年ほど暑くなくとも熱中症になる可能性があるという意識づけが大切です。急に暑くなる可能性はありますし、猛暑日や熱帯夜などへの対処法なども必要です。どういう予報がでていて、それに対してどのような対策が適切かを伝えることが大事と考えています。

また企業向けにも気象予報士セミナーを行うなどの、予防啓発活動も引き続き大切になってくると思います。例えば、「建設業等における熱中症予防-指導員・管理者用テキスト-」にある、熱中症になる現場とならない現場の差を伝え、ならなかった現場はどのようなことに気を付けているかをお伝えしています。具体的には休憩や睡眠の取り方や、人数を増員したりという対策案を伝えています。現場仕事の監督者には特に、ひとりひとりへの体調変化、顔色確認などの目配りをお願いしています。ある現場では冷却グッズを身に付けることを必須にしているところもありました。自分は熱中症にならない、と思わせない「自分ごと」にしている例だと思います。

 

-- コストをかけずに誰でも簡単に気づける方法など、「気づき」のコツなどもあれば教えてください。

 

急に暑くなり、暑さにからだが慣れていないときに熱中症になるリスクが上がりますので、軽く運動をしたりお風呂に入って汗を流すなど、まずは体を慣らすことが大切です。さらに気温だけでなく湿度に注意してほしいですね。あとは風があるかないか。蒸し暑いところではからだの熱を放出できず、具合が悪くなってしまうことがあります。そういう場所で長時間活動する際は水分補給や休憩を特に意識することが必要になるかと思います。自分がいまいる環境が熱中症になる可能性があるところかもしれないという意識付けをすることで、対策を自主的にとれるようになると思います。

また2017年からWeb上で開始している、セルフチェックを是非活用してもらいたいと思います。

https://www.netsuzero.jp/selfcheck

年代と活動レベル、現在地の情報を選択するだけで簡単に熱中症のリスクがA~Dの四段階のレベルで確認できます。監督者の立場の方には特に、ぜひ使って指標にしていただきたいと思います。

 

 

-- 熱中症対策のためにどのようなアクションをとるべきでしょうか。

 

監督者の方にはとくに、メンバーの顔色や体調に気を付けるよう注意を促すことをしています。休憩をきちんととることや水分補給を注意することを管理したり、危険性をアナウンスすることで現場の意識も変わります。

また、前述のとおり、「熱中症ゼロへ」プロジェクトでは2019年、全国の小中高校へ黒球付熱中症計のプレゼントキャンペーンも行いました。黒球付熱中症計で今いる環境の熱中症危険度を知って、対策に役立ててもらえればと思います。また、携帯型熱中症計を使用した学校ではその年熱中症になったひとはいなかったという報告もあります。携帯熱中症計は一般でも東急ハンズやロフト、ネットショップで購入可能です。

キャンペーンで全国の小中高校へプレゼントされた黒球付熱中症計

 

-- スマホのアプリなどの温度湿度計では不十分でしょうか?

 

アプリがどれくらいの精度があるものなのかわかりませんが、やはり熱中症対策としては黒球付きの熱中症計でWBGTを測定するのがよいと思います。

 

どんなときに”自分”も熱中症になってしまうのか

-- 熱中症になってしまう「よくあるパターン」はあるのでしょうか。こんな状況は気を付けるべきなどがあれば教えてください。

 

慣れない仕事を始めたばかりのときに無理をすることで発症するパターンが多いです。また体調が悪いのに無理をするなどもよくあります。複数人で作業しお互いの体調変化に気づくことや、直射日光をさけたり冷却グッズの使用、熱中症計の活用を呼び掛けています。

また室内にいると油断しがちですが、部屋のなかでも温度や湿度の変化はあります。ひとつはキッチンで、火を使う料理をするときは温度が上がります。料理はレンジを活用するなどの対策がよいですね。もうひとつはお風呂場が多く、特にお風呂掃除するときなどは油断しがちなので気を付けましょう。

熱中症が危険だという知識としてはあっても「自分ごと」化するまでがまだなかなか進んでいないのが現状としてあるので、これから私たちの活動としてももっと進めていけたらと思っています。

セルフチェックを積極的に利用してほしいと語る曽根さん

 

-- 被害者の推移や割合をみると高齢者が目立ちますが、対策のポイントは。

 

高齢者はご自分でも気付かないうちに熱中症を発症することが多いです。体内の水分量が少ないため脱水しやすく、感覚も衰えているため水分補給も遅れがちになります。またお手洗いが近くなることをいやがる方やエアコンの風を嫌って暑くても冷房をつけない方もいらっしゃいます。家族の方が注意を促し、喉が乾く前に水を飲んでもらったり、暑さに気を付けることが大事になります。

 

-- では若い世代で気を付けるべき点はありますか。

 

子どもは特にからだが小さいため影響を受けやすいです。体温も上がりやすいため危険が大きいですが、体調の悪さをうまく伝えられないということもあります。水分補給の大事さを伝え、休憩を取っているかや顔色や汗のかきかたなどを親や教師、監督者の方がきちんと注意してみておくことが大事です。

 

-- 最後にズバリ、熱中症ゼロにするためのポイントはなんでしょうか。

 

気温は上昇傾向にあり、ここ30年で平均気温は上がり続けています。いつでもどこでもだれでもなる可能性がある、ということを知ることがポイントだと思います。また熱中症になってしまったときの応急処置の方法を知っておくことも大事です。涼しい場所へ移動し、体を冷やすこと。汗をふいて水分と塩分を補給すること。

「自分ごと」にすることで、周りのひとにも気を配り、自分や周囲のひともならないように気を付けることが大事です。だれでも自分もなるかもしれない。ただ熱中症は対策することで防ぐことができる、というのも大きな特徴です。環境の変化に注意し、体調に合わせ無理をしないこと。自分に合った暑くない、心地よい環境作りを心がけていくことが大切だと思います。

 

-- ありがとうございました。

 

取材 テルイコウスケ/構成 窪寺奈々瀬