現場で働く労働者は、いつも危険と隣り合わせです。大型の機械を扱ったり高所作業を行うような現場では、一瞬の気の緩みによってミスが発生し、場合によっては大怪我をしてしまったり命を落としてしまう事も考えられます。瞬間的に発生する労働災害の他にも、無理な体制や作業を続けた為に、慢性的な疾患を体に抱えてしまうようなケースもあります。こういったリスクから作業員を守るために、企業や公的機関は労働環境の改善を行ってきました。その労働環境改善の一環として、安全について労働者に学んで貰うための「労働安全衛生教育」が推進されています。今回は、この「労働安全衛生教育」についてみていきます。

 

労働安全衛生教育はなぜ必要?

労働者を守る仕組みのひとつとして、「労働安全衛生法」という法律があります。この法律によって経営者は健全な作業環境を提供して労働者を守ることが義務付けられています。この「健全な環境の提供」には、労働者への安全衛生教育がしっかり行われるような環境であるという事も含まれています。

厚生労働省東京労働局は、「労働安全衛生教育の重要性について」として下記のように言及しています。

 

 労働安全衛生法においては、一定の危険有害業務に労働者を就かせる場合には、資格取得や特別教育を実施するよう義務付けています。これは、過去の労働災害を分析した結果、危険有害性に関する知識や対応する技能があれば防止できたケースが多数認められたからです。労働災害や職業性疾病を防止するためには、これまで見てきたように機械や設備を安全な状態で使用するだけでなく、これを使用する労働者に対して適切な教育を実施する必要があります。

引用元:厚生労働省 東京労働局 “労働安全衛生教育の重要性について

 

上記のように、過去の労働災害は危険に対する知識や技能の不足によって発生している事が明らかになっています。どんな環境が危険なのかについての知識や、危ない現場で適切に行動する為の技能について、しっかりと教育を実施する事で労働災害を減らすことが労働安全衛生教育の目的です。特に危険性が認識されている作業・現場においては労働安全衛生教育の効果を実感することができると思います。また、パッと思いつくような危険作業の無い職場においても労働安全衛生教育は有効です。職種を問わず、長時間労働・パワハラなどで心身を疲弊させた事に起因して発生する労働災害が年々増加しています。ストレスに起因する精神疾患や心筋梗塞・脳出血などの病気はどんな職種でも起こる可能性があり、仕事のストレスが原因となればこれも立派な労働災害です。こういった事態を防ぐ為にも、安全衛生教育はあらゆる労働者の心身を守る為に必要であると言えるでしょう。

 

労働安全衛生教育の種類(法律&努力義務)

さて、労働安全衛生法において労働安全衛生教育はどのように規定されているのでしょうか。主だった内容をまとめると、下記のように記載されています。

 

 ■義務

(1)雇い入れ時の教育(59条第1項)

(2)作業内容変更時の教育(59条第2項)

(3)危険有害業務従事者への特別教育(59条第3項)

(4)職長等教育(60条)

 

 ■努力義務

(5)危険又は有害な業務に現に就いている者に対する安全衛生教育(60条の2)

(6)労働災害防止のための業務に従事する者への能力向上教育(19条の2)

 

出典:労働安全衛生法

 

安全衛生教育は原則として所定労働時間内に行い、費用は事業者が負担しなければならないとされており、正社員だけでなくパートやアルバイト・派遣社員などにも分け隔てなく教育を実施する義務があります。項番(1)の「雇入れ時の教育」や項番(2)の「作業内容変更時の教育」は自社で行うことが多いですが、項番(3)の「危険有害業務従事者への特別教育」については専門性が高いため、外部の専門業者を招いて講習を行うことが多いでしょう。資格や免許の所持が前提となっている作業についても、同様に専門業者や教習所などを使って習得することになります。

さらに上記に加えて、項番(4)の「職長等教育」も必要です。知識豊富で技術的にも熟練している「職長等」は現場の要であり、従業員の安全・衛生を守る立場です。その知見を労働者全体の安全に活かす事が求められます。事業者は「職長等」に対して、作業の方法、作業者の配置、部下の指導監督の方法等について教育を行い、全体の安全に寄与できるよう指導しなくてはなりません。

 

条文の中に「努めなければならない」と記載されている項番(5)と(6)は、努力義務という扱いになっています。

項番(5)の「危険又は有害な業務に現に~」では、新たな技術や機械、作業様態などが世の中で広がりを見せた際に、適切な教育についての指針を労働大臣が公表する旨が記載されており、指針が公表された際は指針に沿って労働者の教育に努めなくてはならないと記載されています。

項番(6)の「労働災害防止のための業務に~」では、安全衛生管理者が新たな知識・技能を取得することを推奨しており、教育や講習を受ける機会を与えるように努めなくてはなりません。

 

労働安全衛生教育の方法とそのポイントQ&A

さて、実際に労働安全衛生教育を実施する場合には、どのように進めて行けばよいでしょうか。

まずは、厚生労働省の「安全衛生関係リーフレット等一覧」のページを見てみましょう。こちらでは、製造業・建設業・飲食業など、職種別の安全衛生教育の資料が配布されています。これらは基本的に管理者向けに作られており、管理者は現場に即した資料を選び、資料を元に安全衛生教育を盛り込んだマニュアルを作り上げる必要があります。

厚生労働省が掲示している「安全衛生管理・活動の進め方」のP.19「2.3.2 安全衛生教育を実施する前に」において、教える内容の整理に役立つ一覧表があります。こちらを参照の上でマニュアル作りを進めると良いでしょう。

マニュアルを作り終えたら、次は教育計画を作成しましょう。新人に対しての「雇い入れ時の教育」を始めとして、業務に慣れてきてからも安全と衛生について意識し続けられるように継続的な教育を実施しましょう。その為には、中長期的な教育計画を作成することが望ましいでしょう。また、どのような教育をいつ受けたかについて記録もセットで作成するようにしましょう。

 

以下は労働安全衛生教育に臨む上でのポイントについて、Q&A方式で纏めたものになります。参考にして頂ければ幸いです。

 

  1. 安全衛生教育の内容では、どんな事に気をつけたら良い?
  2. 実際の業務の中での危険な事例を具体的に話し、経験の浅い人にとっても状況が想像しやすいようにすると良いしょう。その為にも、講師をする人は業務に精通し、様々な状況について話せる人である必要があります。

 

  1. マニュアルを使った座学だけでは不十分でしょうか?
  2. 座学のみでは状況が想像に委ねられ、具体性に欠けてしまう為不十分といえます。実際に作業を行いつつ教えるようなOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)が有効です。まずは座学を行い、その後に実際に体を動かしながら危険な状況や事例について教えていきましょう。

 

  1. 安全衛生教育を行う講師・管理者はどのように教育すれば良いでしょうか?
  2. 「安全衛生教育センター」などで安全衛生教育の講師用講座などを実施していますので、センターを活用すると良いでしょう。

東京安全衛生教育センター

大阪安全衛生教育センター

 

  1. 安全衛生教育を行う時間がなかなか取れません、どうしたら良いでしょうか?
  2. 安全衛生教育を受けさせるのは、労働安全衛生法に基づいた経営者の義務です。経営者にその旨を伝え、時間を作るようかけあいましょう。

 

まとめ

労働安全衛生法の歴史は古く、実施の義務も古くからあるのですが、現場によってはあまり熱心に労働安全衛生教育が実施されていないケースもあるかと思います。もし労働災害がしばしば起きていたり、安全衛生教育が足りていないと感じているようであれば、これを機に職場の安全衛生教育を見直しして労働災害の削減を目指しましょう。

 

参考URL:

中災防「安全衛生教育促進運動」

ロボット導入.com「会社が遵守すべき「労働安全衛生法」とは?わかりやすく説明」

技術系資格試験合格ガイド「安全衛生教育とはどのような教育? 内容や職務を行う担当者は?」