建築現場においてなによりも大切なのは安全。事故を未然に防ぐことが重要です。安全対策について検討する際に出てくるのが「ハインリヒの法則」の「1:29:300」です。ひとつの大きなミスや事故の前に29件の軽微な事故があり、さらにその背景に300件の「ヒヤリハット」がある、というものです。つまり日常のちょっとした油断や予兆を見逃さないことが事故を防ぐことに繋がるのです。ヒヤリハットを減らすにはどうすればよいか。原因は多岐にわたりますが、その中でも労働者のストレスの高いとヒヤリハットのリスクも高いことが分かってきています。ストレスがヒヤリハット発生にどう影響しているのかみていきましょう。

 

ストレス反応が高い人は、ヒヤリハットを体験するリスクが約2.3倍

建設業労働災害防止協会がまとめた「建設現場における不安全行動・ヒヤリハット体験に関する実態調査」によると、ヒヤリハットを体験したことがある人は全体の58.2%にのぼります。そのなかで高いストレスを感じているひとや不眠の人は、そうでない人と比較して自らに原因があるヒヤリハットを体験するリスクが1.2~2倍高いことが分かりました。また原因を自分に限定しない場合でも、高いストレスを感じているひとはヒヤリハットを体験するリスクが約2.3倍も高いことが明らかになりました。

調査は2018年4月に1ヶ月間にわたり、建設労働者を対象に行われました。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野助教授の渡辺和弘氏によると、今後さらなる検証が必要とした上で「メンタルヘルス不調や不眠であることによって前頭前野の機能が低下し、結果としてヒヤリハットに関連する事象を引き起こす確率が高まる可能性がある」と分析しています。慢性的な睡眠不足やストレス反応の高い状態が続くと体内のホルモンバランスが崩れたり、脳血流が低下し認知機能に影響があることは知られていました。しかし重大な事故に繋がる可能性のあるヒヤリハットの体験とストレスの関係性に根拠が示されたのは日本国内でははじめてのことで、今後の現場作業員へのストレスチェックの必要性が改めて確認されたのです。

ストレスチェックが義務化されるなか、従業員数50名以下の中小規模建設事業はストレスチェック制度義務化の対象となっていません。働き方の多用化が進む建設現場では、複数の事業者が混在し日々就業者が入れ替わりながら作業が進められるため、ストレスチェック制度の対象とならない労働者が作業していることも多くあります。

しかしもちろん法律で対象外であるからといって、チェックを行わなくてもストレスもなく安全であるということではありません。むしろ高いストレス反応を示す作業員が隠れている可能性もあります。ヒヤリハット発生を低下させるためには、現場の人間が積極的にストレスチェックを取り入れていくことが大事と言えます。

 

すぐに使えるストレスチェックの方法

それではストレスチェックにはどんな方法があるでしょう。いくつか例をあげていきます。

 

【厚労省・5分でできる職場のストレスセルフチェック】

厚生労働省が推奨するセルフチェックです。自身をチェックするのに手軽に行えるものです。質問は全部で57問。所要時間は5分程度で終わります。4つの項目ごとに設問があり4つの選択肢のなかで近いものを選んでいきます。

 

  • 仕事について(17問)

「非常に多くの仕事をしなければならない」「働き甲斐のある仕事だ」など

  • 最近1ヶ月の状態について(29問)

「元気がいっぱいだ」「イライラしている」「よく眠れない」など

  • 周りの方々について(9問)

「上司や同僚とどのくらい気軽に話ができますか?」「どのくらい頼りになりますか?」など

  • 満足度について(2問)

「仕事や家庭生活に満足しているか」など

診断結果はすぐに出て、現状のストレス状況がどのくらいか、円グラフで表示されます。ストレスの原因となりうる因子についても分析され、ストレスケアのアドバイスなども表示されます。

 

【厚労省・国が推奨する57項目の質問票】

こちらは事業者が労働者に配って記入してもらう方式のストレスチェック表です。使用する質問票は指定ではありませんが、国が推奨する質問票が添付されています。こちらも57項目で、上記の「5分でできる職場のストレスセルフチェック」とほぼ同内容で同様に4つの選択肢から近いものを選んで回答する方式です。

ストレスチェックのやり方についても詳細に記載されているので、それにそって医師などに依頼し実施しましょう。

 

【建災防方式健康KY】

こちらも事業者から作業員に対し行うものですが、記入式ではなく、問いかけ方式です。建設現場の安全施工サイクルのなかに組み込んで実施する2~3分の取り組みです。

健康KY(危険予知)は睡眠(よく眠れたか)、食欲(食事は摂っているか)、体調(体調はよいか)についての問いかけをし、このときの作業員の表情等を観察することで健康状態をチェックする取り組みです。

毎日実施し、作業員の様子で心配な点があれば所長等へ報告して、睡眠に関して再度詳細な問いかけを行い、スコアが高かった場合相談機関や医療機関等を紹介するというものです。

ストレスチェックと作業員も構えることなく実施できますが、毎日顔を合わせるなかで変化を見逃さないことが大切になります。

自身で試せるものは手軽に短時間で行えるので、まずは自身のストレス状況を客観的に把握するためにも試してみるとよいでしょう。また事業者として作業員に行うものは記入式と問いかけ式があるので、自身の企業の作業員の関わり方にあった方式で実施してください。

 

建設現場のメンタルヘルスと職場環境改善はどうすればいい?

建設現場従事者が精神障害を発症し、労災補償を受ける状況は多く報告されています。それは職場環境にストレスの種が多くある、という可能性が高いということでもあるでしょう。例えばそれは使いにくい工具類や無理な体勢による作業、といった現場ごとに要因が違うことも考えられます。そのため現場単位で自身の現場の原因を探り、ストレスへの対処を行うことが大切です。

そういったなかで建災防は「無記名ストレスチェック」の実施も推奨しています。こちらは記入式の作業員全員が集合する場で一斉に実施するもので、その分析結果を踏まえ、よりよい職場環境を実現するための取り組みです。ここで測定されたストレス要因の得点の高いチェック項目から、環境改善策を検討することができます。

無記名ストレスチェックを活用した職場環境改善ツール

精神面からのストレス軽減をはかる取り組みとともに、設備や工法等の安全対策も積極的に実施することで、作業員全員が安全・安心で快適な職場環境を作っていくことが大事なのです。

 

まとめ

人間は完璧ではありません。必ずミスを起こす生き物です。しかしヒューマンエラーに対し「当人の注意不足」だけで片付けてしまうと問題は起こるばかりでしょう。「なぜ注意不足が起こったか」という根本的な問いかけをし、注意不足の前兆であるヒヤリハットが起きる原因を探ることが大事です。それにはストレスが関係している可能性を忘れないでおきましょう。ストレスチェックは手軽にローコストで行えますし、取り組むことで現場の安全性はさらに高まります。現場ごとに状況は違いますので、どういったストレスの種があるかは現場それぞれにより異なります。そのため現場ごとで意識をもってストレス改善に取り組むことが大切なってくるでしょう。

また不安全行動防止に向けた、さまざまな取り組みについて知りたい方は『現場の安全「ヒヤリ・ハット」報告を習慣に! 意識づけで事故を防ぐ』『【労災対策】机上の理論は危険を招く!? 安全の為やるべき本当の対策』『不安全行動防止にも効果アリ!? 現場でのメンタルヘルス対策』『「安全衛生経費」の確保が、現場の安全を高める』をご覧になってください。

現場の安全「ヒヤリ・ハット」報告を習慣に! 意識づけで事故を防ぐ

【労災対策】机上の理論は危険を招く!? 安全の為やるべき本当の対策

不安全行動防止にも効果アリ!? 現場でのメンタルヘルス対策

「安全衛生経費」の確保が、現場の安全を高める

<参考URL>

建通新聞「地方建設専門紙の会 高ストレス、不眠は「ヒヤリハット」が2倍」2018.11.30

建設業労働災害防止協会「建災防方式健康KYと無記名ストレスチェック」

建設業労働災害防止協会「建設業におけるメンタルヘルス対策」